研究

海水淡水化前処理用セラミックス吸着フィルタの開発

2019年2月12日
日立金属株式会社

日立金属株式会社(以下、日立金属)は、海水淡水化においてRO※1膜の目詰まりを抑制するセラミックス吸着フィルタ(以下、CAF※2)を開発しました。また、シンガポールNanyang Technological UniversityのNanyang Environment & Water Research Institute(以下、NEWRI)と共同で実証実験を行った結果、RO膜の目詰まり原因物質をCAFで吸着することにより、海水淡水化プラントの稼働率低下の原因であるRO膜洗浄頻度を大幅に低減できる見込みを得ました。これにより造水コストの低減が期待できます。今後、実用化に向けた取り組みを加速させ、水処理ビジネスの中心であるシンガポールから事業展開を進めていきます。

1.背景

近年、人口増加や経済成長、気候変動などによる水需要増加への対応は世界的な課題となっており、国連が推進する持続可能な開発目標(SDGs:Sustainable Development Goals)の一つに、水へのアクセスのみならず、水質・価格等の質の改善という目標が設定※3されています。
降水の少ない地域での水資源確保の方法の一つに、海水淡水化があります。海水淡水化システムでは海水中の塩分の除去にRO膜を用いるのが現在の主流です。RO膜で淡水化する際、海水に含まれる有機物などがRO膜の表面に付着し、目詰まりを起こして透水性能が低下することがあります。RO膜の目詰まりは、ポンプの動力費増加や、RO膜の洗浄・交換に伴う海水淡水化プラントの稼働率低下など、造水コストの増加を招きます。このため、海水淡水化プラントでは目詰まり原因物質をあらかじめ除去してRO膜の目詰まりを抑制するための前処理工程が必要になります。

2.概要

こうした中、日立金属はRO膜の目詰まりを抑制するCAFを開発しました。CAFは、吸着材がコーティングされた多孔質隔壁を持ったフィルタです。孔径よりも大きい物質を物理的に排除する従来のろ過法に対して、吸着という化学的な作用を利用してサイズとは関係なく、とくに負に帯電しやすい溶存有機物を選択的に除去してRO膜の目詰まりを抑制します。
開発したCAFを用いてNEWRIと実験室規模で実証試験を行った結果、UF※4膜とRO膜との間にCAFを組み入れることで、RO膜の目詰まりの進行を遅らせ、RO膜の洗浄頻度を1/2以下に低減できるとの実験結果を得ました。これにより、海水淡水化プラントの動力費低減、稼働率向上の可能性があり、造水コストの低減が期待できます。
今後、実用化に向けた取り組みを加速させ、水処理ビジネスの中心であるシンガポールから事業展開を進めていきます。

■NEWRI Singapore Membrane Technology Centre Chong Tzyy Haur助教授のコメント
海水淡水化は、水資源を得る手段として重要性が高まっています。NEWRIは、造水コストの削減につながるプロセス効率を向上させることができる技術を検討するために日立金属と協力でき嬉しく思います。また、シンガポールでの事業拡大に対する日立金属のコミットメントに興奮しています。

■日立金属 執行役常務兼CTO 佐藤光司のコメント
持続可能な成長に向けた環境・エネルギー・資源問題への対応が、全世界の大きな共通課題となっています。今回、NEWRIとともに水不足という社会課題の解決に向けて一歩近づけたことをとても嬉しく思います。私たちは、素材の力を引き出すことで、未来社会の発展に貢献していきます。

以上

【報道機関からのお問い合わせ】
日立金属株式会社 コミュニケーション室 担当 吉原 TEL 03-6774-3073

<補足資料>

■CAFの概要

材質 コーディエライト(基材)
構造 ハニカム構造の流路の入口側と出口側を互い違いに栓で塞いだフィルタ
性能 溶存有機物の吸着除去が可能
写真:CAFの構造
CAFの構造

■CAFを用いた海水淡水化システムの工程イメージ
海水淡水化プラントでは、RO膜の目詰まり抑制効果が高いUF膜を前処理に用いる場合があります。NEWRIの実証実験においては、UF膜とCAFの除去物質の違いを明確にするため、UF膜のあとにCAFを追加してRO膜の目詰まり抑制効果を検証しました。

図:CAFを用いた海水淡水化システムの一例
CAFを用いた海水淡水化システムの一例
図:NEWRI実証実験結果
NEWRI実証実験結果

■CAF導入による効果(実証実験結果より)
RO膜の目詰まりが進行して透水性能が低下した場合、RO膜を薬品洗浄して透水性能を回復させます。洗浄時のRO工程停止は海水淡水化の設備稼働率低下の要因の1つです。NEWRIにおける実験室規模の実証試験において、RO膜の洗浄が必要な10%の透過水量低下までの時間がCAFを追加することにより2.3倍延びるとの結果が得られました。
RO膜の目詰まりは、水中の溶存有機物がRO膜の表面に付着して目詰まりが始まった後、その付着物を足掛かりに微生物が増殖しバイオフィルム※5を形成することで、さらに目詰まりが進むと言われています。実験後のRO膜の表面を分析したところ、前処理にCAFを用いた場合、RO膜上のバイオフィルムの量が少ないことが分かりました。UF膜を通過してしまう低分子の溶存有機物をCAFが除去することやCAF通過後に溶存有機物のRO膜への付着力が低減することが検証されたことから、CAFが初期の有機物によるRO膜の目詰まりを進みにくくさせ、その結果、バイオフィルムの形成を抑制したものと考えられます。

Nanyang Technological University(NTU)について

研究に特化したシンガポールの国立大学であるNTUは、33,000名の大学生と大学院生が工学部、経営学部、理学部、芸術・社会科学部、学際的な大学院であるInterdisciplinary Graduate Schoolで学んでいます。また、医学部であるLee Kong Chian School of Medicineは、インペリアル・カレッジ・ロンドンと共同で設立されました。
さらに、NTUには、シンガポール国立教育研究所、S Rajaratnam School of International Studies、シンガポール地球観測所、シンガポール環境生物科学工学センターといった世界トップクラスの独立機関や、南洋環境水処理研究所(NEWRI)、南洋理工大学エネルギー研究所(ERI@N)、アジア消費者研究所(ACI)などの世界的な研究所があります。
NTUはQuacquarelli Symonds(QS)世界大学ランキング2018において世界第12位にランクされ、5年連続でQSによって世界で最も優れた(50歳未満の)若い大学にもランクされました。メインキャンパスは、世界で最も美しい大学キャンパスのトップ15に選ばれており、230以上の建物からなる57のグリーンマーク認定(LEED認定に相当)建築プロジェクトがあり、その95%がグリーンマークプラチナ認定を受けています。また、メインキャンパスとは別に、NTUはシンガポールの医療地区にもキャンパスがあります。
詳細はウェブサイトhttps://www.ntu.edu.sgをご覧下さい。

Nanyang Environment & Water Research Institute(NEWRI)について

NEWRIは、環境と水の分野で世界的に最高ランクの研究機関です。'Research-Engineering-Deployment'(RED)を基本理念として、最先端の革新的技術やエンジニアリングを用い、実環境、実規模での研究を行っています。
総合的な環境工学ソリューションを提供するための5つの優れたセンター (Advanced Environmental Biotechnology Centre, Environmental Chemistry and Materials Centre, Environmental Process Modelling Centre, Residues & Resource Reclamation Centre, Singapore Membrane Technology Centre)、事業開発および社会貢献イニシアチブ、環境科学と工学に関するイノベーションクラスターおよび大学院教育ユニットで構成されています。
商業的、社会的影響を与える産業およびCSRプロジェクトを通じて、NEWRIは効率的な再利用革新的技術を通じて真の循環型社会をめざし、常に変化を遂げるよう努めています。

日立金属株式会社について

日立金属グループは、材料開発・材料技術をベースとした多角的事業構造を有する高機能材料メーカーです。最終製品における省エネルギー・環境性能向上が求められる中、基盤となる「素材」が担う役割は大きく、立脚する産業分野は多岐にわたります。自動車や産業インフラ、エレクトロニクス関連に加え、航空機・エネルギーや医療機器関連分野への事業展開も進めています。幅広い社会のニーズに対応できるこの事業構造は、日立金属グループの成長の原動力であり、その舞台はグローバル市場へと拡がっています。
私たちは「変革」と「挑戦」をキーワードに、社会のニーズやお客様の最終製品まで見たアイデア・発想、プロセスを革新させ、製品力を磨いてまいります。
詳細はウェブサイトhttps://www.hitachi-metals.co.jp/をご覧下さい。

<用語説明>

  1. ※1Reverse Osmosis(逆浸透)の略。水分子のみを透過する膜を介して2つの塩分濃度の異なる水が隣接するとき、塩分濃度の高い側に圧力をかけると低濃度側に水分子が移動する現象。
  2. ※2Ceramics Adsorption Filter(セラミックス吸着フィルタ)の略。
  3. ※317の目標のうちの1つに「目標6: すべての人に水と衛生へのアクセスと持続可能な管理を確保する」が掲げられている。
  4. ※4Ultrafiltration(限外ろ過)の略。孔径が概ね0.001~0.1µmのろ過膜。水中の微小粒子、高分子、微生物などを除去する。
  5. ※5微生物と微生物が分泌する成分からなる膜状の集合体。身近な例では台所の流しのヌメリ、歯垢、水中の石などの表面に形成される膜など。